HISTORY

1986年、慶應に日本初の男子ラクロス部が創部。

そして男子に遅れること2年、1988年に女子部が創部した。

けれどもこの2年、女子が何もしなかったわけではない。
実は女子の創部メンバーの多くは、男子ラクロス部の立ち上げ、そして日本ラクロス協会の設立に1986年、87年から関わっていたのである。
いわば、縁の下の力持ち。日本のラクロスの産声を、微力ながら影で支えていた。

慶應女子ラクロス部の正式な初練習日は1988年4月2日。

11時から13時の2時間、丸子橋グラウンドで行われた。メンバーはせいぜい4〜5人程度。見よう見まねでのパスキャッチからのスタートだった。
これ以降夏まで週1〜3回、練習を行っていたが、当時は3人集まれば御の字という状態であった。

そんな私たち慶應女子ラクロス部が初試合を行ったのは1988年6月26日。

まだ単独チームで出場することができなかった慶應は女子の混合チームで聖心と対戦。結果は8-0と見事、勝利を収めた。

慶應が初めて単独チームとして出場した試合は、1988年秋に開催された第1回学生ラクロスリーグ。この頃、何としても単独チームで出たかった慶應は2ヶ月で必死に部員を集めたのだった。

1989年4月、悲願の「部員数12名以上」を達成し、慶應女子ラクロス部は新しい段階を迎えた。そして、遂にこの年のリーグ戦で、夢に見た慶應としての初勝利を掴んだのである。

それ以降の戦績は別のページをご覧頂きたい。

 

慶應女子ラクロス部の創部に携わったあるOGの方のお言葉、

「何もないところから、ひとつひとつ自分たちで何が必要かを考えて創り出した。回り道ばかりであったかもしれないが、自分たちで考えて、行動したことの結果には「失敗」はなく、「学び」しかなかった。」

“Pioneer’s Pride”

これは慶應女子ラクロス部を創り、進化させ、そして守り続けてきてくださったOGの方々から受け継がれ、現在もチームに流れ続けるDNAである。

ただ真の日本一を目指すだけが、私たちの目標ではない。

常にラクロスの新しい魅力とその価値を追求し、ラクロスという競技を、そして慶應女子ラクロス部というチームを進化させ続けること、これこそが私たちの使命であり目標なのだ。

2017年、真の日本一を掴んだ私たちは、また新たなステージへと一歩踏み出したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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